イントロダクション

浅間山

軽井沢は
標高1,000mの
スポーツと文化の
避暑地

豊かな自然の中でのスポーツは、都会の中で行うスポーツとは大きな違いがあります。首都圏や近郊と軽井沢の真夏の気温差は、平均6〜8℃ほどあり、スポーツを行うことは命の危険すら感じます。軽井沢でのスポーツは美味しい空気と目に優しい自然の美しさ、ストレスの解消はもとより脳細胞の活性化を促進させます。
そして、テニス及びスポーツの活性化は、同時にアフタースポーツを楽しむ来客の増加に繋がります。
私達は、明治より先人たちが長い時間をかけて作り上げてきた、伝統のテニスを核としたスポーツの活性化を図ります。

KSCAが掲げる
テーマ文化について

明治19年、英国聖公会宣教師アレクサンダー・クロフト・ショーにこの地を見出されてより日本屈指の避暑地として歴史を刻んで来た軽井沢の町自体を、国内はもとより、広く海外に知っていただくために、その魅力を様々なメディアを駆使し発信してゆくことが第一歩となります。
豊かな自然、四季折々で表情を変える森や林、綺麗な水源、美味しい高原野菜、健康に良いオゾン、そして育まれて来た軽井沢の暮らしのスタイル…。これらの一つ一つがカルチャーであると言っても過言ではありません。軽井沢には他にはない独自の文化と人々との交流の歴史があります。
例えば聖公会を嚆矢とする教会との関係は代表的なものでしょう。大小合わせてユニークな美術館や博物館。それらも含めて、当協会は軽井沢について改めて学び、セミナーや勉強会、そして交流会などを適宜開きながら、サポーターを広げ、『新しい軽井沢像』を提示してゆきます。軽井沢が中心ですが、近隣の追分、御代田、佐久、佐久平、小諸、北軽井沢、嬬恋などとのコラボレーションの可能性も探ります。

石の教会 内村鑑三記念堂

「軽井沢リゾート会議
都市宣言」の宣言文には

『軽井沢は、人間の思考力、創造力を育むに適するといわれる標高1,000mに位置します。
明治期、宣教師A.C.ショーにより、この自然や気候・風土は、”心身の癒しと健康を回復できる「自然のサナトリウム」である”と内外に紹介されて以来、皇室をはじめ、文化人、政財界人が次々と別荘を有し避暑地としての別荘文化を育んできました。
また、地域との交流により培われた文化的・人的な蓄積も多く、そのような潜在的な能力により、今や国内有数の高原リゾートとして発展を遂げています。』とあります。
世界では、アスペン、ダボスなど標高1,000mのリゾート地が、国際的な会議や数々の研究機関を整えている例があり、人間の脳の活性化、自然でのアトラクション、緑の中の思考力・創造力向上などを考えると、ある意味、1,000mが研究、学習、遊びなどに適している、とのことです。

軽井沢プリンスホテルスキー場

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